sait0’s blog

思想があり、それを概念として提示するだけではなく、実践する生き方

3. 坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、けれども

僕は一度誰かのことを「ちょっとなあ」と思ってしまったら、しばらくその人とは口もききたくないと思うほどに嫌いになってしまうところがある。人を嫌いになったりすることは滅多にないのだが、というか他の人に比べて他人の言動を許容することができる範囲は広い方だと思うのだが、それゆえに一度自分の中でその人が嫌いのラインを超えてしまったら、その人のあらゆる行動に嫌悪感を抱くようになってしまうきらいがある。

これまでの人生でそのラインを超えた人は本当にわずかしかいないのだが、久しぶりにそのラインを超えて、できればもう顔も見たくないというレベルで嫌いになってしまった人がいた。その人とはバイト先で出会った。ここでは仮にAさんとする。

Aさんはバイト先の同僚である。僕は大学1年生の頃からずっと同じバイト先でお世話になっているのだが、そのバイト先に入ってすぐにコロナ禍に見舞われて求人がストップしていたので、しばらくは年齢的にも働いている年数も一番下という状態が昨年の3月ごろまで続いていた。コロナが落ち着いて昨年の3月ごろから採用活動が再開して、バイト先の店舗の規模も拡大したので、そこからは次々に新しく働き始める人が増え自分が年齢的には一番下だが勤続年数的には上という状態が増えていった。そんな時に入社してきた一人がAさんだった。

Aさんの年齢は自分の親と同じくらいであるが、元々東京で薬剤師をしていてコロナ禍になって田舎に引っ越すことにしてここに来たと言っていた。Aさんは入社当初から、少しでも具合の悪そうな人がいたら薬を大量に持ってきたり、休憩時間に誰かが「〇〇が欲しいんだよね〜」というようなことを言ったら、翌日に自分の家にあったそれを持ってきてその人にあげようとしたりしていて(プレゼントとかではない)、ちょっと変わった人だなという印象があった。この時はもちろん嫌いになったりなんてしていなかった。Aさんが入社して少し経って、一緒に働くようになってから僕は少しずつAさんのことが嫌いになってしまっていった。

研修期間を終えてAさんと一緒に働くことが増えると、あることに気づく。Aさんの仕事の覚えるスピードが他の人に比べるとゆっくりなのだ。同じ時期に入ってきた他の人は仕事を覚えてどんどん現場に出ていっているのに、Aさんだけは昨日教えた業務が次の日もできていないということが多かった。

もちろん覚えが遅いのは全然いいし、人それぞれ習得のスピードは異なるのでそれは全然気にしてなかったのだが、問題は別のところにあった。Aさんは平然と嘘をつくのである。

例えばこんなことがあった。Aさんが入ってきて3週間くらい経った頃、たまたまAさんも僕も2日続けてバイトに入っている時があった。その1日目、Aさんは僕とは別のもう少しベテランの人に商品の入荷処理の仕方を教えてもらっていた。そして僕はそれを横目に別の作業をしていた。そして次の日、Aさんは昨日教えてもらった入荷処理の業務を任され、僕がそのフォローについた。最初Aさんはスムーズに入庫処理をするページを開いたので僕は「そんなにフォローはいらなそうだな」と思ってAさんの横で別のやらなくてはいけない作業をしていた。途中で僕は他のスタッフに呼ばれて別の作業を手伝ったりして、10分ほど経ったところで「Aさんそろそろ終わったかな」と思いながらAさんのところに戻った。「Aさん入庫処理終わりましたか?」と言いながらパソコンの画面を覗くと、そこに映っていたのは入庫処理のページの一番最初の画面だった。「?」となった僕は「もう入庫終わったんですか?」とAさんに尋ねると、Aさんは「入庫処理のやり方を教わっていません」と堂々と言い放ったのだ。

え?

昨日入庫処理のやり方を教えてもらっているところを見ていた僕は絶句した。

 

これがはじまりだった。Aさんは自分の失敗を絶対に認めたくない人のようで、その後も他のスタッフを相手に同じような嘘を連発した。その度に僕は「また嘘ついてるよ」と思って辟易としていた。

そんなAさんだが、接客はうまかった。というかしつこいくらいにお客さんにセールストークをすることができるのだった。それは僕にはできないのですごいと思う。けれどそれにも問題があった。Aさんはお客さんをロックオンすると、その人がどんな製品を探しているのか聞き出して、それに合いそうな製品をお店中駆け回って集めてお客さんに提案するのだった。そうするとお店中に散らばって置いてあった製品が一箇所に集められることになるので、その場所には製品が溢れることになる。そしてそのお客さんが別のものをみようと移動するとAさんもそれについていくので、必然的にその場には製品の山だけが残されることになる。それを僕は何度片付けたことか。そしてAさんはそのお客さんとの話が終わるとそのまま製品の山をそのままに、片付けるそぶりもなく次の接客に向かうのである。

そんなことや、ここではとても書ききれないようなたくさんのことが積もり積もって、Aさんは僕の中で嫌いのラインを超えてしまった。いつしか僕はAさんの一挙手一投足を腹立たしく思うようになってしまっていた。Aさんと同じ日にシフトに入っていると、少し憂鬱な気持ちになったりしていた。Aさんはバイトに来てもほとんど接客しかせず、裏の細かな業務だったりは全くやらないというような感じになっていて、僕のほうは細々とした業務を任されることが多かった。

そして今日である。僕とAさんは同じシフトに入ったのだが、朝礼で社員さんが接客についての話をしてくれた。その内容は閑散期に入ったからこれまで以上に一人一人のお客さんに対して積極的に声をかけていけるようにしていこう、というようなものだったのだが、その話の流れでAさんと僕の接客の話になった。まずAさんが積極的に声をかけていて良いという話になった。これは実際本当で、Aさんは抵抗なくお客さんに声をかけることができる。対して僕はお客さんに声をかけることが苦手である。Aさんの話が終わった後その社員さんに「お前はどう?」と聞かれたので僕は「いやー苦手ですね。」と答えた。するとAさんがすかさず、「でもこの前お客さんとすごい話せてたよね(笑)」みたいな感じで口を挟んできた。僕にはそれがAさんに上から目線で言われたような気がして、「はあ?てめえのケツを俺がどれだけ拭いてきたと思ってんだ。ろくに業務もやらないくせにどの口がそんな上から口きけるんだ?」と思ってしまった。もちろん僕が接客がそんなに上手くないのは本当だし、Aさんがお客さんにどんどん声をかけているのは本当だ。それはそうなのだけど、全員がやっているような細かい業務を一切と言っていいほどやらず、自分の接客の後片付けを他人にやらせるような人がなんでそんなに偉そうにできるんだと思って無性に腹が立った。僕の筆力がなくて多分伝わっていないと思うけど、僕は結構ずっとしんどかった。自分の親くらいの年齢の人が、やるべきことをやらずに自分の好きなことだけしてそれで自分の得意なことだけを他人にひけらかすような態度が、そしてそのフォローをさせられることが。

 

ようやく話の前フリが終わった。本題はここからである。

 

朝礼で褒められたことで気分が良かったのか、Aさんは今日ずっと上機嫌だった。そして例のごとく今日もお店は閑散としていて、余裕があった。僕も含めて他のスタッフはお客さんが来なくてもやることはあるので(というかやることがなくてもそれを探そうとするのが仕事をする態度だと思うが)、空いた時間もなんだかんだと作業をしていた。対してAさんは業務はほとんどやらないので、お客さんが来なければただ立っているだけである。今日もほとんどの時間そうだった。しかし、閉店時間が迫ってきた時おもむろにAさんが動き出して、自分から接客以外の業務をやりだした。

自分でもなぜだかわからないが、それを見て僕は、なんだか少しだけAさんを許容できるような気がしたのだ。朝礼で褒められて機嫌が良かったから業務をやる気になったのかもしれない。僕が本当に腹が立っていたので態度に出ていて、Aさんもこれはまずいと思ったのかもしれない。それか誰かがAさんに業務をお願いしたのかもしれない。わからないが、Aさんが自分から接客以外の業務をしたというその事実だけで、僕はこれからAさんのことをこんなに嫌悪しなくてもいいのではないかと思えた。

あれだけAさんのことを嫌だと思っていたのに、朝は本当に腹が立っていたのに、たったそれだけのことでここまで自分の感情が変化したことが不思議でこのことを書いている。自分にも至らないところ(例えば接客がそんなに得意ではないこととか)があったし、全ての業務を完璧にこなしているわけではない。それもよくわかっているつもりだが、Aさんのことを毛嫌いしていたことはある程度正当な反応だったと今でも思う。それでも、Aさんがいつもはやってくれなかったことをやってくれたというたったそれだけのことで、ここまで自分の感情が動くとは思わなかった。

Aさんこの先も裏の業務やってくれるといいな。